べっ甲について of ベッ甲イソガイ

浅草・亀戸べっ甲職人の店「ベッ甲イソガイ」のオフィシャルサイト

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00-6-orange-L.pngべっ甲について

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背甲はまだら模様をしていて、その地域における海底の様子と似た保護色だという説もあります。このため色の濃さは様々で、例えば黒いまだらがヒョウ柄のような模様、トロと呼ばれる薄茶色の模様、模様より黄色が主体で希少性の高い模様など、、、、背甲のまだら模様の甲羅を「茨布甲(ばらふ)」、全体に茶色味ををおびたものを「トロ甲」、非常に濃い黒いものを「黒甲」と呼びます。またさらに濃さにより並茨布甲、中茨布甲、上茨布甲、特上茨布甲など、甲羅の色味を表現する呼び名は際限ないほどあります。

腹甲は黄色をしていて海底側から見上げた時、太陽の色合いと重なるように見えます。背甲と同じくやはり保護色と考えられます。腹甲は別名「白甲」と呼ばれ、一般の方にはこの黄色みから「アメ色」と呼ぶ方が親しみがあるかもしれません。こちらの甲羅は一枚一枚が薄く何枚も重ね合わせないと製品にならない手間と、面積が小さく希少なことからべっ甲の製品の中では比較的高価となる色合いです。

爪(つめ)は胴体の縁に沿ってタイマイの体を守っている部分です。くの字の形をした爪は背中側を「爪裏」(こちらは黒っぽいです)、腹側を「爪甲」(腹甲と同じく黄色をしています)、たいてい爪裏と爪甲に割いて使います。面積は小さいけれど厚みがあり特に黄色の「爪甲」は手間を惜しまず細工し、厚みのある「アメ色」の製品を作ることが可能です。

ちなみに玳瑁(タイマイ)がとれる地域ではウミガメを貴重なタンパク源として捕食する習慣があり、甲羅は今でもあまり利用されていないようです。


べっ甲の歴史

もともとは日本近海でみることが稀なウミガメの一種である玳瑁(タイマイ)。おもに南方の海域やカリブ海、インド洋の海域に生息している生息しています。
半透明と黒褐色のまだらがある甲羅と爪、そして腹甲とを巧みに加工、細工し、各種の装飾用具として作られたものをべっ甲(鼈甲)細工と呼んでいます。
中国ではこの玳瑁細工の工芸品が6世紀末頃にはすでに作られ、8世紀の唐時代になると盛んに制作されるようになったので、唐の朝廷は玳瑁や珠玉などを組み合わせて各種の工芸品を作るのは贅沢品であるとして、しばしば禁令が下されています。このように玳瑁は古代より貴重品として取り扱われていました。

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日本におけるべっ甲の歴史はかなり古く、飛鳥・奈良時代にさかのぼります。

飛鳥・奈良時代(西暦600年~)

聖徳太子が小野妹子を隋に遣わしタイマイをもたらしました。604年、東大寺正倉院の宝物庫にみられる「玳瑁杖(たいまいのつえ)」「玳瑁如意(たいまいにょい)」「螺鈿紫檀五弦琵琶(らでんしたんのごげんびわ)」等が中国からもたらされたとされます。

平安・鎌倉時代(西暦903年~)

903年、菅原道真を祭る道明寺天満宮に「玳瑁装牙櫛(たいまいそうげのくし)」が国宝として所蔵されています。 1192年、鎌倉八幡宮宝物殿に矢たて、その他にタイマイを使った製品が宝物として現存しています。

江戸時代

中国で産み出された技法が16世紀にポルトガルに入り、ポルトガル人の来日により長崎に伝えられました。以降、長崎を中心にべっ甲細工の技術が発達していきました。
当時は、亀(玳瑁)は鶴とともに長寿のしるしとしてめでたい品とされ、かんざし、櫛、箸などが各地の大名に愛用されていましたが、高価なため元禄時代には「奢侈禁止令(江戸幕府が士農工商を問わずに発令した贅沢を禁じる法令及び命令)」により、庶民には手に入りにくい貴重なものでした。
しかし、ある藩主が婚礼に際し「是非ともタイマイ製品は必要である」とし、幕府に対して「玳瑁は唐より渡来した高価品であるが、わが日本内地の亀の甲で作る品は差し支えなきや」と苦肉の上申を行い、「鼈甲(すっぽんのこう)で作る品ならば一向に差し支えなし」と許可を得ました。以来玳瑁の名称は鼈甲(べっこう)と改称されたという説があります。

明治・大正時代

安政6年(1859年)に各国との間に開港条約が締結されると、日本の港には従来のようなオランダ船ばかりでなく、アメリカ、イギリス、ロシアなどの商船、軍艦が絶え間なく出入りし、街中にも多くの外国人が自由に散策するようになりました。各国の人たちは多くの土産物を買い込むようになり、べっ甲職人達も従来のような国内向けのデザインべっ甲細工ではなく、外国人が好むべっ甲細工を制作することが必要となってきました。
統一した参考書もなく、すべてが個人の創意工夫にまかされていた時代に、製品に対する方向転換をすることは非常に困難なことでした。それを成すにはヨーロッパ人の生活様式や装飾品を調査し、それに応じたデザインを工夫しなければならなかったからです。
当時のべっ甲業者の人たちは一致してこの難問に立ち向かい、そしてこの問題を解決しました。そしてその技術は受け継がれ、各時代に合った装飾品、眼鏡、工芸品が造られています。

参考資料 :「江戸鼈甲」 発行 東京鼈甲組合連合会

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江戸べっ甲は国、東京都指定の伝統工芸品

国指定伝統工芸品 江戸鼈甲

おもに東京近郊にてべっ甲の製作に携わる者たちで構成する東京鼈甲組合連合会。
その会員により製作された鼈甲製品を「江戸鼈甲」と呼び、平成27年に経済産業大臣指定伝統工芸品に認定されました。



東京都の伝統工芸品 江戸鼈甲
(東京鼈甲組合連合会発行  小冊子「江戸鼈甲」より引用)

昭和56年10月1日に制定された「東京伝統工芸品産業振興対策要項」に基づき知事が指定するものが「伝統工芸品」です。江戸鼈甲は昭和57年2月にこの指定を受けました。今日東京は長崎・大阪とともに鼈甲三大産地として、半数を上まわる生産額をしめています。製品は帯留め、かんざしなどの和装品からネックレス、ブローチ、などの洋装品、眼鏡枠や撥まで多種多様。天然の原材料を使い伝統的な手作りの技法により作られる製品は本物がもつ独特な味わいがあります。この伝統工芸品は次代へと引き継がれていくことでしょう。

海亀の保護と貢献について

東京鼈甲組合連合会(主に都内事業者が加入のべっ甲団体で構成)は、べっ甲業界を代表する日本べっ甲協会(JBA)と共に、過去各国と協力して海亀の保護・育成に貢献してきました。カリブ海域においては、キューバと連携して、現在、タイマイの各種調査を行っています。日本国内においては、沖縄、名古屋の水族館、石垣島で産卵、孵化、飼育の調査研究を行うなど、海亀保護の観点から実態的な取組みを進めています。また、日本べっ甲協会(JBA)では、財源的措置として別途保護基金を設置して、その資金をウミガメ保護に関して科学者やNGOSが行うプロジェクトに充てることとしています。べっ甲業界としても、今後いっそう海亀の保護に貢献していきたいと思っています。

べっ甲製品の国内販について

ワシントン条約は国際取引を規制するものであり、国内では「種の保存法」等の管理のもとタイマイの甲羅を材料とするべっ甲製品の国内販売は規制されておらず、また、禁止されておりません。日本べっ甲協会並びに東京鼈甲組合連合会では、国や東京都の援助を得て、ワシントン条約の理念である『持続可能な利用』をめざし、タイマイの資源調査事業、増・養殖・保護事業を展開するとともに、永年にわたり培われてきた貴重な伝統技術の保存・伝承をはかるべく努力を続けてまいります。優れた工芸品の創造により、わが国の社会文化により一層の貢献をめざすべっ甲製品をご愛用くださいますようお願い申し上げます。


EDO BEKKO
TORTOLSHELL PRODUCTS
~History and Characteristics~
The history of bekko is very long.
Bekko ware can be found in Seisho-in Treasure House in Nar,
But the intricate molds only became possible during the Edo
Period (1603-1868) with the introduction of the technique
to combine Pieces together.
Bekko ware made in Tokyo is characterized by ornamentation
using the makie technique (sprinkled picture), sculpture and inlay,
used for items such as spectacle frames.
~Main Areas of Manufacture~
koukou ward,Bunkyo Ward, Taito Ward, Sumida ward, etc

about bekko
NHK world TOKYOEYE 2020